福祉の歴史

日本の福祉の歴史④〜『福祉元年』田中角栄さん大活躍

YAMADAです。

今回は福祉元年まわりについてを解説していきます。

前回の勉強はこちら

福祉元年とは、1973年(昭和48年)に当時首相であった田中角栄により推進させられた政策でした。

田中角栄は庶民から始めて抜擢された首相であり、政治家を志した原点が都市部と地方の福祉格差問題でした。

日本国憲法により国民の生存は国家責任が原則となったものの、まだまだ自己責任の風潮が強かった当時、角栄さんはこう言いました。

田中角栄

自己責任?? 貧困層が切り捨てられる世の中は俺が変えてやるぜ!!

角栄は「豊かな国民生活に必要なのは社会福祉の充実」と言い切りました。

これまでの自己責任が主流だった日本社会が覆った瞬間ですね。急展開きました。

福祉元年に行われた政策は以下です。

福祉元年(1973年・昭和48年)に行われた政策
  1. 老人医療費支給制度
  2. 高額療養費支給制度
  3. 物価スライド、賃金再評価
  4. 健康保険組合による給付金が5割から7割に

それでは順番に見ていきましょう。

①老人医療費支給制度

まずはこれ。前年の1972年(昭和47年)に老人福祉制度の改正がありました。

これにより老人医療費支給制度を実施。この制度は70歳以上の高齢者と65歳以上の寝たきり高齢者に対し、医療保険の自己負担分を公費でまかなうというものでした。

NOJIMA

まさかの実質0円

 KOJIMA

これは病院が溜まり場になるわ

②高額療養費支給制

医療改革により施行。公的医療保険制度の給付のひとつ。

月3万円を超える自己負担分についてを医療保険制度から支給する。医療費に占める患者負担が低下し、
医療機関を利用しやすい環境が整えられました。ずいぶん病院に行きやすくなったようです。

③物価スライドと賃金再評価を導入

物価スライドとは、物価の変動に合わせて年金額を改定することを指します。

当時の日本は高度経済成長をしておりインフレの時代でした。1970年からの10年間で2倍以上も物価上昇しています。

物価が上がるということは物価が上がる前に稼いでいた賃金の額が相対的に下がることで、年金支給額も少なくなってしまうこと意味しました。それを防ぐために賃金の実質価値をその時の水準に合わせ再評価し、年金額を改めて決め直すという制度です。

④健康保険組合による給付額が5割から7割へ

物価スライドと賃金再評価システムを導入することにより5万円年金を実現。

  • 厚生年金で現役の被保険者の平均賃金の6割程度
  • 国民年金は夫婦2人で5万円

それまでも昭和40年に1万円年金、昭和44年に2万円年金と改正が続いていました。この時はかなりの増額です。

NOJIMA

いや〜急に手厚くなりましたね

KOJIMA

一気に現代に近づいてきた感ある

KOJIMA

田中角栄さんよく知らなかったけど、調べるとすごい人だったのがよくわかったわ

NOJIMA

初の庶民出身の首相だったのも驚き。理想に燃えてたんだろうなあ

さて、この回で扱った内容は以下のような感じで出題されるようです。

問: 日本における高齢者の保健・福祉に係る政策に関する次の記述のうち,最も適切なものを1 つ選びなさい。

  1. 老人福祉法制定前の施策として、生活保護法に基づく特別養護老人ホームでの保護が実施されていた。
  2. 老人福祉法の一部改正により実施された老人医療費支給制度では、65歳以上の高齢者の医療費負担が無料化された。
  3. 老人医療費支給制度による老人医療費の急増等に対応するため、老人保護法が制定された。
  4. 高齢者福祉推進十カ年戦略(ゴールドプラン)の中で、老人保健福祉計画の策定が各地方自治体に義務付けられた。
  5. 介護保険法の制定により、それまで医療保険制度が担っていた高齢者医療部分は全て介護保険法に移行した。

これまでの解説で、選択肢②の正否がわかります。

老人医療費福祉制度では、70歳以上の高齢者と65歳以上の寝たきり高齢者に対し医療保険の自己負担分を公費でまかなうとされているため、この選択肢は間違い。

正解は④なのですが、まだゴールドプランについて勉強していないので今度解説したいと思います。

それではまた次回!

ABOUT ME
YAMADA
キラついたIT業界で企画職として地獄の日々を送っていたが、数年前に介護職へ転職。 のほほんとした毎日を過ごすこと数年、ついに介護福祉士試験を受験することに。危機感が足りないことにやべえと思っている。 アラサー♀

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA