福祉の歴史

日本の福祉の歴史①〜日本初の福祉政策『恤救規則』

YAMADAです。

今回は日本の福祉の歴史についてです。

日本が初めて国として制度化された福祉政策を行ったのは明治時代です。

1874年(明治7年)に恤救規則という救貧法が発令されました。

NOJIMA

ち…血を救…なんて??

KOJIMA

鬼滅の刃の無惨様がパワハラするために敷いたルール?

『じゅっきゅうきそく』と読むそうです。

恤(じゅつ)救(きゅう)規則。

恤は『情けをかける』という意味だそうで、情けをかけて救うから恤救なんですね。

明治維新により廃藩置県が行われた結果、それまでは各藩が担っていた人民救済政策がなくなってしまい、貧民が急増しました。

そこで明治政府が、

「しゃ〜ねえな〜!13歳以下と70歳以上の独身で無告の貧民だけ助けてやるよ!」

しぶしぶ言い出しました。これが救貧法である恤救規則です。

 *無告…「苦しみを訴える手立てのないこと」

救貧法と間違えやすいのが救護法ですが、これは政府が国の責任として積極的に困ってる人たちを助けていくスタイルなので全く別物です。

当時の日本は”貧しいのは自己責任”という考えが普通だったので

偉い人

公的扶助?甘えんな周りの人達で助け合って生きろ

というスタンスだったそうです。

NOJIMA

こりゃ村八分になったら生きていけんわな。。

さて、この回で扱った内容は以下のような感じで出題されるようです。

問: 日本の社会保障・社会福祉に関する記述のうち、
正しいものを一つ選びなさい

  1. 「恤救規則」(明治7年)は、国家責任の理念に基づいた救貧対策である。
  2. 民生委員制度の前身は、大正期、泉橋慈善病院に配置された婦人相談員である。
  3. 「救護法」には、現在の日本国憲法第25条における生存権規定の根拠となった原理が示されている。
  4. 連合国軍総司令部(GHQ)による「社会救済に関する覚書(SCAPIN775)」(昭和21年)では、無差別平等などの原則が示されている。
  5. 堀木訴訟は、生存権規定や生活保護基準のあり方に大きな影響を与え「人間裁判」と称された。

これまでの解説で、選択肢①の正否がわかります。

恤救規則ではあくまで公的扶助が原則に基づいた法令であったため、①は間違い。

ちなみに正解は④です。

この辺りの内容は近年の過去問には出題されていないようなので、絶対覚えておかなきゃいけないものではなさそうです。教養として知識に入れておくと近現代の福祉のあり方が理解できて良いかなと思います。

それではまた次回!

ABOUT ME
YAMADA
キラついたIT業界で企画職として地獄の日々を送っていたが、数年前に介護職へ転職。 のほほんとした毎日を過ごすこと数年、ついに介護福祉士試験を受験することに。危機感が足りないことにやべえと思っている。 アラサー♀

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